2013年02月08日
岐路。
久々の更新です。
ここ最近自分の調子や娘たちの調子が悪かったことで、無駄にモノオモイにふけってしまい湿っぽい日々でした(-.-;)
特に次女コブタちゃんゎ、ウツ状態が続いていて安定しません。
言葉にして吐き出してしまうことのできないたくさんの思いが彼女を苦しめているのです。
そして、他人と自分との違いに気づきだし、その違いが「人より劣っているんだ」という思いにすり替わっているのです。
成長過程でちょうど他人と自分との違いを感じ、少しずつ自分を確立していく時期に入ったのだと思います。
それは、とても大きな心の痛みを伴う作業です。
私にもその思いが痛いほど分かる。
私にその時期が訪れたのは、小学5年生の頃でした。
ふとまわりを見渡すと、クラスの女の子達は、いくつかの仲良しグループに分かれていました。
私はそれまで、自分がどのグループにも所属していないことに気づくこともなく、不便も感じることはありませんでした。
自分一人で居る方が楽しくて楽だったのです。
でも、何かのきっかけでふと自分だけがどのグループにも属していないことに気がついてしまった...
どうして私は友だちがいないのか。
どうやったらみんなのように仲の良い友だちを作ることができるのか。
私は、一人で誰にも相談できずに悩みました。
そして比較的話がしやすい大人しい2人組に恐る恐る近寄って仲良くなってみたのですが、「親しさ」というのは、目に見えるものではないので自分が2人に友だちだと思ってもらっているのかがずっと不安でした。
そうこうしている間に、いよいよ私の家庭環境が悪くなり(最悪の話なので割愛します)、当時住んでいた徳之島から奄美へと引っ越さなくてはいけないような状況になりました。
そこで私のとった行動。
それは、仲良しグループの2人の靴箱に「私は居なくなるので2人で仲良くしてください」と書いた手紙を入れることでした。
心配して私に優しくして欲しかったのです。
今考えれば全く意味不明ですが、2人にとって私が友だちだという自信がなかった私は、そんな極端な手段を選んだのでした。
ところが、自体は私が思うようには運ばず、私は放課後担任の先生に呼び出しをくらいました。
「どうしてこんな手紙をいれたのか?」「2人の友だちはショックを受けてる」と先生は私に言いました。
私は、自分の思い通りの展開にならずに予想外の方向へ自体が進んでしまったことで大きく混乱しました。
そして、自分の考え方が他人と違うことや自分に仲の良い友だちがいない事を、自分がダメな人間だからだと思うようになりました。
そして、その状態のまま私は中学、高校、短大と自分から人に話しかけることもなく、自分のカラに閉じこもって生きていました。
もちろんずっと一人だったわけではありません。
僅かに仲の良い友達もできました。
でも、自分から遊びに誘ったり電話したりすることは出来ませんでした。「迷惑になりたくない」という思いが強かったのです。
自分が友だちにとっての「特別な友だち」だとは考えられませんでした。
あの小学5年生のあの日から結婚して娘を産むまでの私は、暗い森の中をさまよっていました。
ある意味5年生のあの日が私の人生の大きな岐路だったことは、間違いありません。
辛くて寒くて心細かったけど、今のこの場所に来るためには、きっと森の中を通ることが必要だったんだと今ならそう考えることができます。
何故なら今の私には、大切な家族と心が通じ合う大切なたくさんの友だちがいるから。。。
そしてその過去の自分が、紛れもなく今の自分につながっている。
何一つ欠けてもここにたどり着けなかったはずだから。。。
娘たちは、過去の私がそうであったように、苦しい時期を迎えています。
でも、私の持っている地図がいつか彼女たちの自分探しに役立つ日が来て、彼女たちも暗い森の中を抜け出せる日がきっとやってくると私は信じています。
すごく暗い話になってしまいましたが、そんな暗い過去でもそれが今の私を励ましてくれる大きな力になっています。
でもただ苦しむことが大切だとは、思いません。
辛い時に気持ちを伝えられる人や助けを求めることが出来る人の存在は必要です。
大切なことは、なんでも一人で解決できるようになる事ではなく、色んなプロセスで(人に相談したり、手を借りたり)問題をクリア出来るようになることです。
それこそ「生きていくための力」になるのです。
って、また熱く持論を語ってしまいました( ̄▽ ̄;)スミマセン

今日は、なんだかとりとめのない話になってしまいましたが、これでおしまい。
それでは。またいつか。。。